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福井にもあるキヤノン生産拠点と「プロジェクトX」メンバー
2003年10月15日

 「共生」を理念に、「くらし」「ビジネス」「産業」の分野でグローバルな事業展開をしているキヤノングループは、グループ総売上約3兆円、世界各国に200近いグループ会社、約10万人のグループ会社社員を擁する国際企業です。
キヤノングループのホームページ→ http://canon.jp/

テクノポート福井の中で
 あまりご存知の方はいらっしゃらないかもしれませんが、キヤノンの生産拠点は福井市内にもあります。福井市内といっても、もう坂井郡三国町に隣接したテクノポート福井の工場地帯の福井市側の地籍に存在しています。
 この工場は1979年にキヤノン資本傘下となったコピア兜汕芬幕ニ所として1992年に現在地に新設されました。そのころは、主に感光紙を生産する工場でした。コピア鰍ヘ、小型の高速カードプリンターや複写機周辺装置を製造しているキヤノンアプテックス鰍ニ本年合併し、社名はキヤノンファインテックとなりました。
 この工場で製造しているのは、感光紙に替わるインクジェットプリンターの用紙、インク材料、OPC感光ドラム材料などの化成品です。キヤノンはコピア鰍資本傘下に入れることで複写機の心臓部であるOPC感光ドラムの製造ノウハウを手に入れたとも言われています。現在、この事業所では約300人(内正社員約130人)が働いています。

「プロジェクトX」メンバー、久下司氏
 実はこの事業所の最高責任者の久下司(くげ つかさ)常務NHK「プロジェクトX」の第101回2002年11月5日放送「突破せよ 最強特許網 新コピー機誕生」のキヤノンの複写機開発プロジェクトチームの一員でした(ごく最近になって私はそのことを知りました)。
 私はキヤノンファインテック福井事業所を訪ね、久下常務にお会いしました。ゼロックス社の最強特許網を突破して独自技術で国産初の普通紙複写機をつくりあげたキヤノンの開発プロジェクトの歴史の中で「プロジェクトX」の番組の中では描ききれない詳細を聴くためでした。

福井キヤノンは複写機販売会社としてスタート
 国産初の普通紙複写機キヤノンNP1100が発売された1970年9月から約2年後の1973年1月に、福井キヤノンは設立されました。NP1100の後継機NP1200と更にコストダウンしたリクドライ方式の普通紙複写機NP−L7の発売と同時期でした。キヤノンが複写機の販売・サービス網を全国へ広げ、カメラに続く、この新しい事業を急速に拡大しようとしていた時でした。いわば、キヤノンの複写機開発プロジェクトの成功が福井キヤノンの設立につながったわけで、その後の私の30年間の職業人生の道を拓いたことにもなります。

 久下常務は、愉快で気さくな方でした。30数年前の出来事を昨日のように、楽しくざっくばらんに語っていただきました。(青文字が玉木、赤文字が久下氏です)

強い意思
 当時の開発プロジェクトリーダー(主任研究員)の田中宏さん(現・キヤノン顧問、元・副社長)は、どのような方でしたか?

 田中さんは、とにかく「ひかない男」でしたね。成功するまで絶対あきらめずにやり続ける方でしたよ。「プロジェクトX」で描かれているように米国の展示会でゼロックス914という普通紙複写機を見て強い衝撃を受けたのでしょう。帰国してオリエンタル写真工業鰍辞職し、「自分の手で複写機を創るのだ」という強い意思をもってキヤノンに入社してこられた。
 当時の田中さんの上司は山路敬三開発管理課長(後に、キヤノン且ミ長を経て現在、名誉顧問・日本テトラパック渇長)であったという。田中さんは複写機開発の進捗を逐次、山路課長へ報告し、山路さんは、中途入社の若い研究員の田中さんの並外れた熱意に触れて支援者となっていたようです。

不可能を可能にしたリーダーシップ
 「最後の最後まで頑張ってこれたのは、仕事が面白かったから。上から強制されてやったのじゃない。みんなで話し合って、みんなでひとつになって、目標はここに勝つことだと、みんなで結束したからです。特に電子写真方式の複写機は、一人二人じゃ出来るものじゃないのです。メカ、電気、化学、プロセス、そして特許、これらが一体となってやらなければこのようには出来なかった」(「プロジェクトX」番組中での田中宏氏の発言)
 「プロジェクトX」の番組の最後に田中さんがインタビューに答えてこのように語っていますね。色々な分野の色々な能力を持った方々が集まってひとつの目的のために力を合わせたのですね。

 この複写機開発チームは20名位。気持の合う仲間でしたね。機械、電気、プロセス、化学(材料)、特許などそれぞれの専門分野の人材が数名づつ集まっていました。誰も「先生」がいない状況の中で、誰もが前を向いて仕事をしていましたね。
 「ゼロックスの特許には1件も触れるな」が前提でした。後に普通紙複写機を開発したK社、R社はゼロックスの特許の使用権を購入せざるをえなかったのですが、キヤノンは全てにわたって新しい方法を開発しようとしていましたから大変でしたが、やりがいを感じていました。「不可能」という文字は意識しないでもありませんでしたが、メンバーはそれよりも「不可能」を「可能」にする志の方に楽観的な面白さを感じていましたね。
 そのせいでプロジェクトメンバー達は、夏休みどころか、正月も1日しか休みをとらず、家に帰らない日が何日も続きました。「プロジェクトX」のテレビ画面に紹介されていた複写機の耐久品質テストでは、高温や零下の温度環境で数万枚のテストコピーを連続して毎日のように実験しました。疲れ果てててコンクリート床の上で仮眠していた私(久下さん)を見かけた田中リーダーは、健康状態を心配してか「家に帰って寝ろ」ではなく、「おい、久下。せめて新聞紙くらい床に敷いて寝ろよ」と忠告か励ましかわからないような声をかけてきましたよ(笑)。

絶対にあきらめない
 開発が暗礁に乗り上げるたびに、メンバーからは「もう駄目かな〜」という弱音も出たが、田中さんは、「あれを試してみては」とか「これもやってみよう」とあきらめないのですね。「それは、もう実験済みです」、「うまくゆくわけない」という否定的な言葉がメンバーから発せられても「いいから、やってみよう!」と強引に説得するものだから、この迫力に負けて大抵の人は「やります」と応えざるをえなくなった。ところが、なんども試したことでも、その実験をやっているうちに、偶然見つけたヒントが突破口となって問題解決につながったことが度々ありました。「それみたことか!出来たじゃないか」と嬉しそうに言う田中さんは、自分には良い勘があると信じていたようですね。

 11月11日(火)にフェニックスプラザで予定されている田中 宏氏(キヤノン株式会社顧問、元・同社副社長、NHKプロジェクトX出演、経営品質協議会発足時の発起人会メンバー) の講演会のご案内と受講お申込みはこちらです→ http://www.fukuicanon.co.jp/news/index.html

世界No1の複写機メーカーへ
 ところで、開発後の複写機ビジネスとしてのその当時のキヤノンの状況はどのようなものだったのでしょうか?

 カメラ事業とは別の事業の柱を真剣に考えていたキヤノンは、いくつかの試行錯誤を経て複写機ビジネスに大きな期待を抱いていたのだと思います。
 キヤノンは酸化亜鉛感光紙の乾式複写機「キヤノファックス」を普通紙複写機の開発以前に世に出しており、複写機の将来性については有望視していましたね。ところが、国産初の普通紙複写機NP1100は製造原価100万円以上の商品を90万円台の売価で売っているような状態で、開発は成功したもののビジネスベースでは苦しかったのが実情でした。

 キヤノンの複写機ビジネスは、リクドライ方式でコストダウンがはかれたNP-L7が発売されて、ようやくビジネスベースで軌道にのってきました。このリクドライ方式の普通紙複写機の開発はリコーの方が先に手がけていましたが、キヤノンは昭和44年頃から開発チームが乾式複写方式からリクドライ方式へも枝分かれして別チームで担当していました。当時の技術では、リクドライ方式の方がきれいな画像を出すことがやりやすかったようで、製造のコストダウンも可能でした。結果として、国産初の乾式タイプ複写機を世に出した2年後に世界初のリクドライ方式タイプ複写機もキヤノンは他社に先駆けて発売することが出来ましたね。そして、その後、カメラ同様に複写機でも世界ナンバーワンシエアの会社になりましたね。

重要な情報ネットワークインフラへ進化する複写機
 米国ゼロックス社独占の普通紙複写機の牙城を覆して、国産の独自技術で新しい競争を挑んだプロジェクトメンバーの努力で、世界の普通紙複写機市場はその後急速なコストダウンとともに普及をとげることができました。成熟した複写機の基礎技術は、今また、一方ではカラー情報の提供機器として展開し、他方では、ソフトウエアが組み込まれた情報通信ネットワークの重要なインフラとしてさまざまな活用方法が広がりつつあります。

 「鉄壁」といわれた外国の特許網に臆することなく、果敢に挑戦した名も無き技術者達の遺伝子が、キヤノンや複写機業界のみならず今後の日本のものづくり企業に受け継がれてゆくことに大きな期待をしたいと思いました。




玉木 洋 (たまき よう)
福井キヤノン事務機株式会社 代表取締役社長
福井県経営品質協議会 代表幹事
経営品質協議会 認定セルフアセッサー
〒918-8204 福井県福井市南四ッ居2-1-4
TEL:0776-54-6666 /FAX:0776-53-5884(直通)
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